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週刊 日本を歩く

管理人が日本で見つけた物をフリージャンルで紹介します。 「週刊」と銘打ってはいますが、更新頻度はまちまちです。 日毎もあれば月毎になることもあります。 なにはともあれ、お付き合いください。

錦帯橋 流失と再建の織り成す名勝の歴史

山口県

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横山にそびえる岩国城から見下ろした錦帯橋

川幅約200メートルの錦川に架かり、藩主や上級武士の屋敷がある「御土居(おどい)」と、対岸の中下級武士や町民の住む城下町を結んでいる。

写真手前が御土居側、奥側が城下町となっている。 

 

 

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築城当初からこの錦川を渡る方法は問題になっており、たびたび橋が架けられては洪水によって流失していた。

錦川は川幅が広く、蛇行する流れは速く、川底は砂利が深く堆積しており、橋を作るには悪条件が重なっている。

 

 

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現在の5連アーチ橋形式で初めて橋が作られたのは三代目領主・吉川広嘉の時代だ。

中国の絵にヒントを得た広嘉は、水の抵抗を減らすように尖らせた橋脚など、いくつかの改良を施して橋を作らせた。

そして延宝元年(1673)10月1日。

やっと待ち望んだ「錦帯橋」が完成するのだが、なんと翌年(1674)5月28日の洪水で早くも流失してしまう。

しかし年内にすぐ再建され、石垣の技法や敷石の改善、捨て石の投入などの改良により、この橋が昭和期まで存続することになる。

 

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が、276年間流されることのなかったこの橋も、昭和25年(1950)9月13日のキジア台風による濁流によってついに流失してしまう。

※同台風によって厳島神社も高潮の被害を受けている。

 

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国や県の補助を受けて再建されることになったが、岩国市の「原型で再建したい」という要望に反し、「近代的なコンクリート橋にすべし」との上からの声が強くなる。

が、市民の活動なども実り、昭和27年(1952)12月26日に架橋完了。翌年(1953)1月15日に渡り初め式が行われた。

 

再建にあたっては、再度の流出を防ぐため、橋脚の基礎をコンクリートにすること、高さを1メートル高くする、一部に鉄製部材を用いることなどの改良が施された。

平成13年(2001)からは3年がかりで「平成の架替」が行われ、橋の木造部分すべてが交換された。

つまり現在の錦帯橋は橋脚が昭和時代、橋自体は平成時代のものということになる。

錦帯橋重要文化財や史跡ではなく「名勝」指定であるという所以はこういうところにあるのかもしれない。

 

今後も一定の期間を経るごとに架替や橋板の張替が行われ、江戸時代以来の技術を語り継いでいくという。

 

 

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5連アーチということで、5つの木造アーチ橋が連なっている。

両外側のアーチは緩やかで、中央の3つの橋が急なアーチとなっている。

写真は急アーチから次の急アーチ(錦帯橋の中央部)を見たところ。

結構な高低差があることがわかるだろうか。

 

平成10年(1998)5月6日には、この橋を軽トラックで渡った三人の愚か者が逮捕されるという事件が起こり、この際の傷の修復に約220万円もの費用がかかったという。 

日付からするとゴールデンウィークのようだが、テンションが上ってしまったと言い訳するにはあまりにも悪質な愚行だ。

 

 

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その他に気をつけていただきたいのは、急アーチの麓から頂点の少し手前までは浅い階段状になっていることだ。

最初のゆるい橋から景色を眺めたり余所見をしつつ次の急アーチ橋へ入ると、突然階段になっていて転んだり躓いたりする恐れがある。

転んでも木造なので大した怪我もしないだろうか、この階段が幅も高さも中途半端でなんとも歩きづらかった。

 

 

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こちらは城の反対側。

かつての中下級武士や町民が住む城下町が残っており、情緒感たっぷりだ。

 

 

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原型よりも1メートル高く再建されたとはいえ、アーチ頂部と川面との高低差は圧巻だ。

この日は天気がよく、川の水量も少なかったため、特に高低差が際立っていた気がする。

 

 

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川原には錦川の対岸を結ぶ船渡しの屋形船乗り場がある。

ただ渡るだけではなく、錦帯橋と並ぶコンクリート製の橋の下を回ってから対岸に向かうため、単純に対岸に渡るだけならば橋を通ったほうが早い。

※ちなみに錦帯橋も船渡しもしっかり料金をとられるのでご注意を。

 

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吉香公園の敷地内にある徴古館では、流失したかつての錦帯橋の一部を見ることが出来る。

他にも錦帯橋に関する事物や吉川・岩国の歴史に関連する資料も展示されているので、時間ある方はぜひ訪れてみるといいだろう。

 

名勝「錦帯橋」を始めとして、総じて見どころの多い岩国城周辺。

家族連れや個人旅行でも充分楽しめるところなので、時間のある方はぜひ一度訪れてみてはいかがだろうか。

 

次の記事では呉・広島方面を紹介していきたい。